書評:『駅をデザインする』

『駅をデザインする』 
赤瀬達三(著) 2015年

 私は毎日満員電車に揺られて通勤する会社員であり、どこか東京都内に出かけるとなればほとんどの場合、地下鉄やJR、または私鉄を使って移動する。地方出身者としては便利さも痛感しているのだが、複雑怪奇で見るたびに変わっていく首都圏の電車網に悩まされているひとりである。分かりやすい駅、便利な駅、気持ちがよい駅というのは確実に存在するし、逆パターンでひどい駅もまたたくさんある。その理由が明白に挙げられることもあるが、多くは直感的なものにとどまり、なかなか人にうまく説明できないものだ。

 著者は40年以上にわたり駅、複合商業施設などのパブリックスペースにおけるサイン表示を設計・デザインしてきた第一人者である。本書では、駅においてあるべきサイン表示や空間設計を体系的に解説しながら、都市化が進む時代の要請にどう応えてゆけばよいかを提言する。例証を元にコンセプトを語る、工学の王道をゆくアプローチである。

 本書に通底するメッセージとは、駅という場はパブリックな側面を決して前提から外してはいけないということである。駅は一種の商業施設でありながら、特定顧客のためのマーケティングを優先してはならず、あくまで利用者全員に開かれていなければならない。その上で利用者個人の利便性を向上し、心地よさを導くようなサインシステムを、人間の認知構造をもとに構築するのが理想的である。

 狭義のサインシステムは、出口や改札、トイレなどの案内、周辺地図の表示など、吊り下げ案内板や壁面に表示された情報のことを指す。私たちが明示的に不便を感じるのはこの範囲のシステム設計が悪いケースが多い。例えば乗り換え先路線に向けて矢印をたどっていたらいつの間にか案内が消えていたり、周辺案内地図にランドマークがびっしりと小さい文字で羅列されていて容易に目的地を探せなかったりというようなパターンである。
 
 悪例として、営団地下鉄から東京メトロに衣替えした際行われた、地下鉄の案内表示変更が挙げられている。営団時代にはサインの表示デザインポリシーは効果的に設計されていたが、東京メトロになった際に(1)民営化による組織刷新アピールのために乗り場案内サインに紺青色を使う、(2)駅周辺案内図を広告扱いとするのでランドマーク表示を増やす、(3)ホームの乗り換え案内に使っていた柱面の案内表示を広告スペースにするため撤去する、という方針になったのである。変更の各々は営利企業として妥当な施策に見える。しかし駅がパブリックな場であることを等閑視した点、そしてサインシステムがトータルで設計されていることを無視して重大な部分変更を強いたという点で愚策であり、結果として大幅に分かりにくいサイン表示に劣化してしまった。

 著者がサインシステム設計をする上で、狭義のサインシステムと同等かそれ以上に強調しているのは、空間そのものの設計である。駅構内経路が集中するところで空間が単純に大きいこと、コンコースから発着ホームが見渡せること、豊かな自然採光により出入口が自ずと分かること、それら自体に強力なサイン機能が備わっている。では現実としてしばしば理想的な空間設計がされていない理由は何だろうか。

 ひとつにはこれらの空間設計が単なる「ぜいたく品」とみなされ、サインシステムを構成する主要パーツと認識されていないことがあるだろう。2013年に行われた東急東横線渋谷駅の改修では、使い勝手の悪化に対する声が圧倒的であったが、不満意見の多さに比して「こうするべきだった」という一般からの的確な指摘は少なかったように思う。本書を読めば明らかなように、新しい東急東横線渋谷駅は「空間は大きく」「方向や場所を見失いやすい場所(エスカレーター、エレベーターなど)では見通しが開けるように」という駅空間設計の根本原理から大きく逸脱している。代わりに得たのは頭でっかちのコンセプトによる卵形の建物内構造物(オブジェ?)である。不便さがぎりぎりのコスト制限とのトレードオフでなかったことは、この構造物が象徴するように明白で、だからこそ人々は怒ったのである。

 そしてふたつめは、日本の駅建設においては土木部門が線路や地下内線路設計の延長で駅の構造を決め、建築部門が内装を仕上げる、という伝統的な分業の問題である。真に便利で快適な駅建築には、狭義のサインシステム設計だけではまったく不十分であるが、駅の空間設計に建築家が立ち入れない組織の壁があるというのである。土木と建築の両部門を人間環境設計の立場から統括する組織ができればよいが、技術的専門性の違いからそれが無理であれば、土木部門にパブリックデザインとトータルデザインを考えられる人材が必要であると著者は説く。私も大いに首肯するものである。

 新旧日本、および世界各地の駅構内の写真資料も豊富で、著者の主張が大変分かりやすい一冊といえる。駅以外の空間でも、設計者の配慮(や無配慮)に敏感になること請け合いである。