書評:『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』

『日本軍はなぜ満洲大油田を発見できなかったのか』
岩瀬昇(著) 2016年

 産業革命以降の国家にとってエネルギー政策は、経済の安全保障、軍事の安全保障に密接不可分の関係を持つ。中でもエネルギー資源としての石油は日本にとって生命線であり、2011年の震災以降停止した原発の穴を埋めたせいもあって、一次エネルギーの40%を超える供給を担っている(石炭、天然ガスがそれぞれ25%程度で2位、3位である)。発電に使われる以外にも、自動車や航空機の燃料として使われたり、また石油化学製品の原料になったりと、現代日本を支える最重要エネルギー資源は相変わらず石油である。

 著者は総合商社(三井物産)でそのキャリアの全てをエネルギー、特に石油関連業務に携わって過ごした。本書は日本における石油開発黎明期である明治時代から太平洋戦争末期までの石油史をテーマとしている。外交的挫折に終わった北樺太石油開発、軍の技術理解欠落から失敗した満洲油田開発、太平洋開戦前・戦中の陸海軍におけるずさんな石油政策を、資料を基に緻密に追った素晴らしいドキュメンタリーである。

 日本が太平洋戦争に突入した直接契機のひとつとして歴史の教科書にも必ず載っているのは「アメリカによる石油の禁輸措置により追い詰められた日本が対米開戦を決意」というものだ。1940年からの段階的な石油禁輸措置が1941年6月に抜け道無しの完全なものとなるに至り、日本政府および軍部は早期の開戦を決定せざるを得なくなったというこの説は、確かにその通りである。しかし本書で明らかにされている経緯は、多くの日本人にとって想像と違うものだろう。

 軍艦は当然、燃料を使って進む。日露戦争当時の大型軍艦は石炭による蒸気タービン推進だったが、石油はエンジン性能で石炭に対して優位なことから、海軍は石油研究で陸軍の先を行っており、利用法だけでなく地質調査や探鉱の専門家も育成していた。陸軍が石油の重要性に初めて気付くのは海軍に遅れること20年あまり、航空部隊が拡張され兵科として独立した1925年、さらに1931年の満洲事変以降特に重要になった機械化兵団(車両、戦車、工兵)および航空機の燃料としてである。

 石油が使用できるまでには「探鉱・開発・生産」という上流、「輸送」する中流、「精製・販売」を行う下流の工程が必要である。陸軍は石油を戦略物資として意識するのが遅れたのに加えて、上流と中流について関心をもたなかった。海軍もまた護送船団という思想を持たず、中流を軽視した結果、太平洋戦争中に南方から本土への石油の輸送を担った商船は終戦前にほぼ全滅することになる。陸海軍とも作戦第一で燃料問題を発想しており、後方任務の兵站補給が全く軽視されていたのである。上流からの石油開発には最新技術を投入しても時間がかかる。また石油を自国に持たざる国は、その調達に当たって外交的、経済的、軍事的な手段を最大限に組み合わせなければ理不尽な目に遭ってしまう。日本は石油を最重要資源として認識し、平和的にそして安全に獲得し続ける国家的戦略を明らかに欠いていた。

 旧日本軍は対米開戦を決意するまでに十分な石油供給ライン(上流~下流が切れないことが当然必須)を検討し、それでもシミュレーション上どうにもならないので、短期決戦からの和平交渉に一縷の希望を託した、というのが私の想像であった。しかし史実としては、戦争時の石油需給の定量的な予測は開戦の機運が高まる中で後付け的に行われていたことに驚く。陸海軍の石油需給は統帥権に属する作戦事項のため、政府(商工省燃料局と企画院)ははっきり把握できていなかった。さらに陸軍省整備局燃料課と、カウンターパートである海軍省兵備局第一課の課長どうしが(なんと課のレベルである!)、それぞれの石油需給、石油保有量を水面下で探りあっている状態。これでは国家としての石油資源政策など実行できるはずも無かったのである。

 オランダ領東インドを実力で奪取して原油を押さえるための陸軍省整備局資源課の準備作業は1941年6月、アメリカからの石油が完全に止まってから開始された。対米開戦のたった半年前である。同地域からの原油取得見込数量は27歳の新米中尉、高橋健夫によって不十分なデータに基づき計算された。この見積もりは高橋の想定に反してほとんど他部署や上司の検討を経ることなく、さらに最終段階では根拠無き楽観論によりほぼ倍にかさ増しされた。そして1941年11月の御前会議で、最終的に対米開戦と南方進出を決定する重大な根拠のひとつとなってしまったのである。戦略上の兵站軽視だけでは説明しきれない日本の意思決定の悪癖が、ここにも凝縮されて存在している。

 本書の魅力は、ミクロな探鉱技術をときに論じながらも、石油という、マクロな経済や国家の運命を左右する物資を扱っているところにある。そのような資源を扱ってきた著者のエネルギー屋としての矜持が文章の随所に感じられて読み応えがある。最後に「教訓は何か」として資源をもたざる国である日本に生きる一人として著者の意見がごく短く示されているが、この部分をもっと膨らませて論じて欲しいと思うのは私だけではないだろう。