書評:『TEAM OF TEAMS<チーム・オブ・チームズ>』

『TEAM OF TEAMS<チーム・オブ・チームズ>』
スタンリー・マクリスタル、タントゥム・コリンズ、デビッド・シルバーマン、クリス・ファッセル(著)、吉川南、尼丁千津子、高取芳彦(翻訳) 2016年

 アメリカは9.11後の世界で、新しいタイプの対テロリスト戦争に直面している。といっても広域センサー、リモート攻撃を仕掛けるドローン爆撃機、サイバー攻撃といった新たな兵器の技術だけでは解決がつかない戦争の側面、すなわち複雑な環境下における複雑な組織を持つ敵との戦闘である。

 筆頭著者であるスタンリー・マクリスタル将軍は特殊部隊出身の陸軍軍人で、2003年からは統合特殊作戦任務部隊の司令官としてイラク、アフガニスタンで指揮を取った。大将として退役後は共著者(海軍特殊部隊出身の元軍人でもあるシルバーマン、ファッセルの両氏)とともに、企業を含む組織にリーダーシップとマネジメントのコンサルティングを行う会社を設立し活動している。本書は戦場における経験を起点とし、複雑な環境で戦わなければいけない組織一般に向けて、問題解決の道筋を示そうというものである。

 このように書くと組織論を語るビジネス書のようであり、実際そうなのだが、一種異様な感覚を受ける本である。本書が圧倒的な説得力を持つのは、類書のようにビジネスの事例が豊富に収められその本質が抽出されているからではなく、最前線で殺すか殺されるかを日常として繰り返した現場経験からくるものだからである。確かにユナイテッド航空173便燃料切れ墜落事故、NASAのアポロ計画管理における組織改革など、非軍事分野の多くの事例が援用されるが、これらは全て戦場で生き残るために否応無く編み出された経験論を「きれいに」整形するために使われているようにも思われるのだ。

 2003年秋~2005年のイラクは、サダム・フセイン大統領逮捕後も、アブ・ムサブ・アル・ザルカウィ率いるイラクのアルカイダ(AQI)はアメリカ占領軍に挑戦し、泥沼の不正規戦に引きずり込んでいた。アメリカ軍は当初、既存のやり方でフセイン政権の残党を比較的順調に狩っていったのだが、相手が変わりAQIとの戦闘が本格化するに従い、練度・物量ではるかに劣るはずの敵に敗北しつつあることに気付くのである。想定した状況に対して最高の効率で作戦を実施するという従来の方法論で全く対応できないAQIの強さは組織のレジリエンス、すなわち復元力にあった。
 
 アメリカ軍によって描き出されたAQIの組織図は、階層構造ではなく、頭の無いアメーバ状のネットワーク構造を取っていたのだ。互いに素早く連絡を取り合い、「全てのメンバーがナンバースリーである」ような組織。これはAQIがイラク国内で行動範囲と組織を広げる過程でもうまく機能し、激しく変化する環境下でアメリカ軍の裏をかくことに成功していた。規律と階層が支配する常識的な軍事組織構造と文化は、イラクにおける戦闘では役に立たないことに気付いたマクリスタル司令官は、驚くべきことにアメリカ軍の組織マネジメントをがらりと変えてしまう。地理的に分散した組織を生かすために、情報共有の透明性を高める施策を打ち出すのである。

 情報組織と戦闘部隊の間に人的な交換プログラムの導入、小さなチーム同士がさらにチームを組むような、ボトムアップ型の意思決定、「関係者以外部極秘」による知識の囲い込みの廃止、現場が高度な情報にアクセスする許可を与えた上での権限委譲の徹底、オープンオフィスの司令部など、おおよそ従来の軍隊ではありえないような組織改革内容である。アメリカ軍の組織が適応の結果として本格的に変貌を遂げるのは2008年になってからであったというが、その成果は治安回復となって現れる(実際にはその後、イラク国内にはイスラーム国が勢力を拡大して戦争状態になるなど、混迷の度を深めるばかりである)。

 著者らはイラクの戦場のように階層型組織が対応できない状況を、カオス理論や複雑系の理論を援用して(両者を混同しているようではあるが)整理し、変化が早く予測に対する最適化が不可能な環境での問題解決方法を提案しようとしている。しかしなぜAQIのような組織が沸き上がり、洗練され物量でも圧倒するアメリカ軍に対して大きな力を発揮したのかという疑問に対しては、特に掘り下げて分析していない。著者らの見解では、テロリストたちの強さと能力は「たまたま運よく21世紀的なファクターの相乗効果によって強化されたにすぎない」のであり、いわば偶然状況がかみ合ったためにアメリカ軍に対して大変な脅威を与えたのだという。現場の軍人は実在する戦場に対応しなければならないのだから、この見方はこれで良いのかもしれない。

 しかし例えば石原莞爾は著者らとは異なり、「最終戦争論」や「戦争史大観」において、戦術の大変化を伴う軍事上の革命が起こる直接の動機は、新兵器の進歩ではなく社会制度の変化のみでもありうると洞観している。また兵器が高度化した現代であっても、国民性が会戦の指揮方針や軍事行動の全般に相当な影響を与えるという。AQIのような集団との戦争が特殊ケースにとどまらず、世界中で一般化してゆくのだとすれば、物質面だけでなく敵対する相手の民族性や社会構造変動への理解をますます深めなければならないと私は思う。読者は本書を読んで、どう考えられるだろうか。