書評:『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』

『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』
川上和人(著) 2017年

 芸達者な鳥類学者による、あの手この手の鳥類学エッセイ集である。もとは新潮45に2年ほど連載していたものをまとめた本だが、この中高年向けでジャーナリスティックな色が濃い月刊誌の中では、だいぶ毛色の変わったコーナーだったろう。紙面の制約の故かもしれないが、一貫性も網羅性もなく、著者が好きなことだけ書いているところが逆にとてもよい。実は内容的にはかための話も盛り込まれているのだが、全てが語りのリズムで展開されるため、気楽にどんどん読み進めることができる。

 さて一冊全体として、本書が訴えるメッセージはずばり「無い」と思う。深刻なストーリーを語るよりも、一つ一つの読み切りになっている章を楽しみながら読んでいるうちに、鳥と鳥類学者の生態を読者に少しでも親しいものにしたいというのが著者の狙いではなかろうか。

 というのも、まず日本鳥学会の小ささに驚かされるのだ。学会員約1200人というのは自然科学系の学会としてかなり少ないといえるだろう。いかにも人数が少なそうな日本天文学会の半分以下という希少ぶりである。トキやら丹頂鶴やらはともかくとして、普段の生活で鳥情報がめったに発信されてこないのはこのような事情もあったのだ。身近なのに知らないことが多すぎる動物が鳥である。

 恐竜と鳥、生きたまま鳥に食べられることによるカタツムリの空中大移動など、次から次に話題は巡るが、やはり著者の研究の主な調査地である小笠原諸島と島嶼生物学の話が抜群に面白い。

 本州では鳥は空間を分割して利用しており、樹上、幹、地上、藪にはそれぞれ別種の鳥が棲み分けている。一方で捕食者や競争者が少ない環境である小笠原ではメジロは本州より空間・食べ物という資源を幅広く利用しているため、地上もよく歩くし幹にも垂直に止まって昆虫も果実も花蜜もヤモリも食べる。なるほど、離島という特殊環境では、ある種固有の遺伝子由来の行動なのか、環境由来の行動なのかが分離して観察できるわけなのだ。

 また著者の調査対象だった西ノ島も類を見ない劇的な変化を遂げている。以前からあった旧島部分に1973年の海底噴火でできた溶岩性の新島部分が接続して、鳥類研究に貴重な環境を提供していたのだが、2013年に再びこの近くで海底噴火が起こったのだ。新たな噴火はこの41年間をかけて植物や海鳥の住処となっていた新島を飲み込み、また溶岩だけの状態にリセットしてしまったのである。しかしほんのわずかながらカツオドリとアオツラカツオドリは残っていた。巣作りのために海鳥たちが運んでくる旧島部分の植物や木片が、また島外から運ばれてくる種子や鳥、昆虫たちが新しい生物相を島に形作ってゆく。何十年、何百年もかかる壮大な生物相成立の初期過程を観察できるまたとない環境が現在の西ノ島に現れたところなのだ。
 
 本書は、島の地図や出てくる鳥の写真などをネット検索しながら読むと一層楽しめると思う。出てくる鳥たちは極楽鳥でもなければ白頭鷲でもない、ミズナギドリやカラスバトなど至って地味な色・姿かたちのものばかりだ。でも鳥類学の研究エピソードとともにその姿を見てみると、実に生き生きと個性的に見えてくるではないか。本州のヒヨドリとオガサワラヒヨドリの違いなんて、言われなければ一生意識することはなかったはずだが、確かに違うね、こんなに小さいのに八重山諸島から1800kmも飛んできたんだね、と画面の写真を見比べながらひとりほくそ笑んでしまう。

 最後に一言。本書にびっしりと散りばめられているギャグや小ネタは好みが分かれるだろう。私のような40代男性には年代的に自然に入ってくるのだが、それ以外の年齢層および女性には何のことか分からず、うるさいだけかも知れないのだ。この点をちょっと減点したくなる読者もいることだろう。私個人としてはここまでのケレン味は要らないと感じたが、読まずに放り出すほどの瑕とはいえない。「お勉強」するスタイルが嫌いなむきにおすすめできる愉快な一冊だ。