書評:『上海』

田島 英一 PHP研究所 2004年1月16日

『上海』
田島英一(著) 2004年

 上海は、ひとつの巨大都市という枠を超えて、いまや中国の資本社会を象徴する存在になっている。香港に次ぐ中国第二位の金融センターであり、国際金融センターとしての総合力でも、頭一つ抜けたニューヨークに続くロンドン、香港、シンガポールといった先行者に肉薄する勢いである。また上海市自身が2,400万人を超える人口を抱えた巨大な貿易・商業圏を形成しており、富の集積速度が生む活力と先進性、放縦な拝金主義とあらゆる文化が入り混じるオープンさが訪れる者を刺激してやまない。

 中国地域研究者として大学院で教鞭をとる著者の手になる本書は、歴史書でも観光案内でもエッセイでもなく、確立された書籍ジャンルの辺縁にあるといってよい。単行本の初出は2004年だが、近年最も劇的に発展・変貌した都市のひとつであろう上海にとって、この15年という期間はやはり長く、古さを感じさせる記述も一部ある(特に上海の当世事情を描いた第II部第3章)。しかし読後には、中華世界のほとりにあって浮き沈みしてきた上海に対して、何本もの確かな理解の軸が通ったように感じられる好著である。

 中国は、モンゴル人王朝である元代に漢民族以外の異民族を直接統治する大帝国となった。この時期以降に成立した中国を理解するのに著者が導入する概念は三つの中国、すなわち内地(宋代以前の華夷秩序の中心となる漢族社会で、本質的に農村社会)と外中国A(満、蒙古、チベット、ウイグル諸民族などが居住する、内地の東北、西北、西南に広がる地域)、そして海洋中国である外中国B(現在の浙江、福建、広東に連なる南方沿岸地域で、本質的に貿易社会)である。

 非漢民族王朝であった元朝が中華帝国としての優位を主張するために、外中国Aに対しては民族を超えたナショナリズムが必要となり、文明本位の中華主義が公定ナショナリズムとして採用された。対照的に外中国Bは帝国中央の統治の埒外で、南方への移民(華僑化)と私貿易が発達する過程で「地縁、血縁、文化的同一性で結ばれたネットワークを構築し、『私』本位(=非公定)、種族本位(=漢族至上)のナショナリズムによって、第二のグレーター・チャイナを形成した」のである。外中国Bは台湾、ベトナムからシンガポールに至る沿岸地域に、国民国家とはまた別の非公定ネットワークを張っている。たとえば中国と台湾は政治的に鋭く対立しているはずだが、台湾人による長江デルタや珠江デルタへの投資がこれほど盛んなのはなぜか。宋・元代以来の人・物・金の流れが作った深い轍からその理由が見えてくる。

 上海は内地にあって外中国Bに接する、その玄関口に位置している。時の政権が経済政策として内向きの重農主義をとれば上海は海上交易ネットワーク、すなわち外中国Bへのアクセスを断たれ停滞する。これは中華人民共和国建国から文革が収束するまで上海に起きたことだった。では1978年の第十一期三中全会で、三たび復活した鄧小平によって打ち出された改革開放路線により、上海は一気に中国資本経済のトップランナーになったのかというと、それは錯覚である。

 経済特区として厦門、汕頭、深圳、珠海に外資が導入され、広東省全体が「ミニ香港」として急激に発展する中、上海は経済成長の蚊帳の外に置かれていたのだ。地図を見てみれば一目瞭然だが、上海と深圳/香港の距離は、東京-鹿児島間よりまだだいぶ遠い。広東諸地方と上海は、中国の南方沿岸貿易都市としてひとくくりに語れるはずもないのである。

 一国の首都かと見紛うような現在の活況だけを見ればにわかに信じがたいのだが、上海が停滞を抜けて飛躍するのは、20世紀も最後の10年に差しかかってからのことだった。上海党委員会書記だった江沢民が共産党総書記になったのが大きかったか、上海市長だった朱鎔基が首相として経済をけん引したのが幸いしたか、また鄧小平最後の大仕事である南巡講話が道をつけたのか。とにもかくにも上海のエンジンには火がともり、今日に至る爆発的な成長がスタートした。上海は「外中国Bのネットワークに再び復帰した」のである。

 JETROのレポート(2018年)によれば、江蘇省、浙江省、安徽省、上海市をあわせた華東三省一市ではいま「長江デルタ一体化」が強力に進められている。一体化の分野は交通・エネルギー、科学イノベーション、産業、情報化、信用制度、環境保護、公共サービス、ビジネス金融など包括的で、上海に常設事務局として「長江デルタ区域合作弁公室」が設けられている。この取り組みは2003年に習近平(当時は浙江省党委書記、続いて2007年より上海市党委書記)の提唱によりスタートしたもので、当代の最高権力者お墨付きというわけである。現在の長江デルタ一体化推進の主役、上海市党委書記の李強はかつて浙江省党委員会の秘書長として浙江省党委書記の習近平に仕えた人物。「中国の地方政府というのは、日本の自治体などよりも、よほど 面従腹背の傾向が強い」中にあって、国家政策の優等生だった上海だが、党中央とのこのあまりにも強力な結びつきが吉と出るか凶と出るか、注視していきたいと思う。