書評:『「学力」の経済学』

『「学力」の経済学』
中室牧子(著) 2015年

 社会政策を決定する上で、統計学の評判はよくない。「世の中に嘘は三つある。嘘、ひどい嘘、統計だ」(マーク・トウェインが英国の宰相ディズレイリの言葉として広めたが実はディズレイリの発言ではなく、どうやら「ディズレイリが言いそうなこと」だったらしい)というわけである。自分に都合のよい数字だけを使って主張を補強するのは、昔からの常套手段なのだ。

 このような批判に対して著者が主張するのは、「教育経済学」すなわちエビデンス(統計学的に正しいと論証された仮説)に基づく効果的な教育政策を日本にも根付かせたいということである。つまり本書はいわゆる<私の子育て論>の類ではないのだ。「どこかの誰かの成功体験や主観に基づく逸話ではなく、科学的根拠に基づく教育を」というのが本書のスローガンである。

 では教育経済学の方法論とは何か。それは統計学的に論証可能なようにデザインされた社会実験の形を取る(過去データだけを使って、実験のような状況を再現する自然実験という実験パラダイムもあるが、ほとんどの実験は社会環境下で実際に行われる)。複雑な数理モデルを使ったコンピュータシミュレーションのようなアプローチとは異なり、実験実施のために常に費用や倫理面などの苦労がつきまとうやり方である。なお因果関係を推定する基本的な考え方は、医学分野の疫学で用いられるものと同じだ。

 本書で扱う教育の各論は「それをすると子どもの学力にプラスか」という問題と、「それをすると子どもの将来の年収にプラスか」という問題に大別できる。具体的には「子どもはほめて育てるべきなのか」「学力の高い同級生に囲まれていると本人の学力にプラスか」「少人数学級は子どもの生涯年収を上げるか」といった、誰もが知りたいテーマについて、教育経済学の研究結果をそれぞれ紹介しながら答えを出してゆく。

 「教員免許制度は教員の質を担保するのに役立つか」などという刺激的なテーマもある。結論の中には「エッ」と考えを覆されるようなものもあり、また定説とそう変わらないものもあるが、著者には常識に反する驚きの結論をセンセーショナルに並べ立てるという狙いはない。出た結論そのものに対して、個人的信念という意味では中立的な立場なのである。

 ここで読者によっては、「○○した子どもはしない子どもに比べて将来の年収が高くなる」というテーマ設定が前提になることに抗議したくなるかもしれない。子どもへの教育を投資と考え、将来得られるリターンの収益率という基準だけで測っていいのかというわけである。

 子どもの将来の収入は、自立した生活を送るためには大変重要ですから、「どういう教育がわが子にとっていい教育なのか」を考えるときに、収益率を考える現実感覚を持っておくことは決して損にはならないはずです。
 もちろん、子どもに教育を受けさせる理由は、金銭的な動機だけではないと考える人もいるでしょう。その場合は、人的資本論における「収益」の中に、「教育を受ける喜び」などの非金銭的なものも含めて考えればよいのです。これは金銭的な収益ほど簡単ではないものの、さまざまな仮定を置いて数値化する方法が提案されています

と著者は述べているが、この説明に満足できない人も多いだろう。しかし私は上の前半部分に同意するし、さらに公共の利益ということに目を向ければ、教育政策を選択する上で収益率を第一に考えないということはありえないと思うのだ。国や社会を富ませることを目指さない教育政策はあり得ない。また後半部分については、「稼げる」ことを「金銭をより多く得られる人になる」と読み替えてしまうのがよくないのだと思う。ここは「社会に対して付加価値が高い人になる」と読み替えたほうがいいのではないか。社会に対して付加価値が高い人は、自分の能力を実際に収入を上げることに使うこともあり、また収入面では不利であっても社会的に価値ある活動に使うこともある、その選択肢を得るのである。収益率の議論は続けなければいけないが、そのためにエビデンスに基づく教育政策への流れを遅らせるべきではないと思う。

 経済学において因果推論をしようという流れは、1990年代とかなり最近になって始まったものだ。アメリカではこれを教育政策設計の柱にするべく2001年に「落ちこぼれ防止法」また2002年に「教育科学改革法」として形にしているという。日本でも同様の法整備が行われない限り、政治的思惑や無駄な議論のおかげで子どもがよりよい教育を受ける機会が失われ続けることになるのだ。

 著者は慶應大総合政策学部の准教授で、本書が30万部以上売れたことにより教育経済学の意義を一躍一般に広めることに成功した。しかし医学界では、治療法や医療政策の根拠をエビデンスに基づくアプローチで明らかにしてゆこうという「コクラン共同計画」が始まったのが1992年。驚くほど最近であるし、その歩みが困難だったことを考えると、教育分野でもエビデンスに基づく効果検証・政策決定への道のりは平坦ではないだろう。政治的なハードルを越えてゆくためにも、著者には専門家向けの研究発表だけでなく、一般向けの情報発信を続けてゆくことを期待したいし、またそれに注目していきたいと思う。