書評:『反脆弱性』

『反脆弱性(上・下)』
ナシーム・ニコラス・タレブ(著)、望月衛(監修)、千葉敏生(翻訳) 2017年 

 日本では「ブラック・スワン」の日本語訳が出た際に一躍有名になったナシーム・ニコラス・タレブだが、自らがさらに主要な著作とみなすのが本書である。”antifragile”あるいは「反脆弱性」というたったひとつのアイデアをひたすら繰り返し、特徴づけ、具体化しようとするというのが、この(やや)長い本の成り立ちである。

 それにしてもタレブとは何者か。金融トレーダーを振り出しに、独立の研究者であり、大学で教鞭をとりつつ作家活動をも行っているとのことだが、特定の肩書には収まりが悪い。本書でタレブが見せているのは、荒ぶる行動の人、実践の思想家としての面であろう。

 著者は本書を丸ごと使って、人生の行動原理として各人が「反脆い」存在になるべきことを説いている。同時に世界のあらゆる事象を「脆い」「頑健」「反脆い」という概念を使って分類することで、幸福で、倫理的であることを追及する行動の指針にしようというのである。ここでいう「行動の指針」とはファニーメイ破綻に賭ける投資行動から筋力トレーニングのやり方、鼻をひどくぶつけて腫れているときに病院でアイシングを拒否するといった判断にいたるまで、文字通り自身の行動を全面的に規定するものである。

 掲げる哲学・思想は立派だが、実生活に際しては「それはそれ」の別問題として、現実に迎合し惰性に従うような行動を取るあらゆる人間を、著者は激しく糾弾する。槍玉に上がっているのは、スーツを着た銀行家、政治家、元FRB議長、医原病をひき起こす医者、ソクラテス、経済学者、シャンパン社会主義者、アカデミズム科学が技術を生み出すと考える大学の科学研究者、教育ママおよびパパ、分析して予測するコンサルタントなど多数だが、実はほとんどありとあらゆる読者に当てはまってしまうのではないか。その意味では読み進めるのがなかなか辛い本である。逆に辛く思わない人は、おそらく本書のメッセージが理解できていない。

 簡略にまとめてしまうと間違うのでこの長さになっている本なのだが、鍵となる概念を、あえて乱暴にまとめるとこうなる。人間の身体も、経済も、世の中一般もまた<構成要素が集まってできた全体の性質が、個々の構成要素の性質と全く異なるものとなるシステム>、すなわち複雑系である。このようなシステムに対しては「モデルや理論を立てて『理解』し、『予測』し、『対応・制御』する」という方針そのものが誤りで、誰にとってもそんなことは不可能なのである。古典物理学の範囲で解ける物体の運動のような現象はむしろ例外的で、一般の現象をその延長でとらえようとすると根本的な間違いを犯す。タレブのこの檄は、組織的な問題解決のために理論化を目指してきたほぼありとあらゆる学問体系を直撃して敵に回し、目前のランダムさに立ち向かう行動のためにのみ理性と経験を総動員すべしという激しい宣言である。タレブはここで近代以降、理性と科学の世界観に主流を成してきた思考法を覆す、別の世界観を語っている。

 私たちが行動しようとするとき、環境や相手が複雑系ならば、何らなすすべはなくでたらめに動くしかないのだろうか。もちろんそんなことはなく、予測不可能でファットテール(巨大地震やグローバルな経済大恐慌のように、ごくまれにだがかつてなかったような現象が起こりうる性質のこと)なブラックスワン現象を特徴とする世界の中で、変動性に対して得るもののほうが失うものより大きいような行動の選び方がある。

 「反脆い」とはこのような選択をするものが獲得する性質だ。ベンチャーキャピタリストはどんどんリスクを取って試行錯誤してくれる起業家たち多数に、少額ずつ投資することで大きいリターンを得る。多くの失敗投資による損失の上限はたかだか投資の総額である一方、成功した投資からは天井知らずの爆発的な利益を得られるという非対称性があるからである。この場合、何が当たるかは分からないので、投資先の起業家たちがなるべく多様で予想不可能な試行錯誤をしてくれたほうが、ベンチャーキャピタリストの成功率は高まる。反脆いものの見分け方は簡単だ。時という名の無慈悲なランダム性を長い間生き残ったものは、(その定義から)証明なしに反脆いとみなせるのだ。

 反対に、精緻な事業計画に基づいて、最も効率的で計画通りであることに利益が依存するような事業は「脆い」。どんな突発的な外部要因や内部的なトラブルがあっても、それまで営々と築き上げてきた利益を一発で吹っ飛ばしてしまうという、悪い非対称性のせいである。著者の大嫌いな銀行の仕事が一例である。

 脆さを他人に押し付けることで反脆さを獲得する輩(「身銭を切らない人々」)の倫理違反にはさらに厳しい追求が続く。間違った予測をして人を傷つけても自分は負債を負わないコンサルタントや経済評論家。自分で作った作物の安全を宣言しておいて自らは食べない農業従事者。他人には平等な社会を主張しながら自分は贅沢な生活を送るキャビア左翼。身銭を切らない人々を見分けるのもまた簡単である。その意見や主張の正当性を判断しようとしなくともよい。ポートフォリオに何があるか(または何がないか)、もしくは本人がどう行動しているかだけを見ればわかるのだ。

 予測できない不確実さを手なずける方法、という巨大なテーマを扱いながらも、冒頭に述べたように本書のメッセージは極めてシンプルである。現代において、読んでおかないとまずい重要文献というのはそうあるものではないが、本書はその数少ないひとつに入る。