書評:『超予測力』

『超予測力』
フィリップ・E・テトロック、ダン・ガードナー(著)、土方奈美(翻訳) 2016年

 テレビ番組では今日も、自称ナントカ学者、コメンテーター(一体彼らは何者なのだろう?)、お笑いタレントから占い師まで入り乱れ、無責任な未来の予測が盛んに行われている。世論形成への影響力という意味で全く見過ごせない事態ではあるが、百歩譲ってこれらはエンターテイメントとしては許されるとしよう。しかし経済、軍事、政治といった分野でも同様に専門家による無責任予測がまかり通っているのである。

 物理学や化学の法則など、仮説・理論の検証が厳密になされることが当然の分野がある一方で、将来予測という分野はそれが可能であるにも関わらず事後に結果が検証されないのが普通だ。そして予測が外れたことが予測者の信頼度にも悪影響を与えないという、驚くべきことが起こる。

 人は誰でも、日常生活に関することであれ、また専門領域であれ、将来予測を強く求める。しかし同時に、<この将来予測>の失敗が<次の将来予測>に生かせるとはあまり信じていないようなのだ。<この将来予測は、今一回限りの複雑な現実にのみ適用でき、別の複雑な状況ではまた別のことが起こる>という感覚を共有しているのである。だから目の前の予測者を信用するかどうかは、過去の予測が正確だったかではなく、今している説明が魅力的かに左右されがちになる。

 すると将来予測は全てが当てずっぽうになってしまうのか、また将来予測に長けた人などいないのだろうか。本書のスタート地点は「将来予測が可能な問題の種類が存在する」「将来予測が飛びぬけて正確な一群の人々 ‐ 超予測者 ‐ が存在する」という事実である。

 著者の一人、フィリップ・テトロックはペンシルバニア大学教授で未来予測者について長く探求してきた著名研究者だ。テトロックの研究プロジェクトチームは、アメリカ国家情報長官直属の組織であるIARPA(Intelligence Advanced Research Projects Activity)が主催した予測トーナメントに出場して他チームを圧倒したのだが、このとき研究ボランティアの中に「超予測者」と名づけた少数の一般人グループがいたのである。トーナメントで出題されたのは「北朝鮮は2013年1月7日から9月1日までのあいだに多段式ロケットを発射するか」「2014年4月1日時点で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が報告するシリア難民の数は260万人より少ないか」といった問題だったにも関わらず、彼らは公開情報のみを使って、他の一般出場者はおろか本職であるCIA(アメリカ中央情報局)の情報分析官たちの成績をも上回った。本書の中心は著者らが立てた問い、すなわち、この超予測者たちがどのような能力・資質を持ち、またどのようなやり方で予測を立て、グループを組んだときどのように他の予測者たちと協力し合って予測精度を高めるのか、を検証・考察したものだ。

 優れた研究者の常として本書の分析は複眼的で、多くの批判に耐えるものである。そして巻末には「超予測者をめざすための10の心得として」いわゆるハウツーが述べられているのだが、このまとめを会得することに飛びつかず、じっくり本書の細部と、それぞれの超予測者のエピソードにも目を通す執拗さが、超予測者を目指す者に必要とされる資質であろう。

 ところで著者が分析した超予測者に共通する予測態度について、私がもっとも考えさせられたのは、

「まず質問を分解する。知りえる情報と知りえない情報をできるだけ明確に選別し、すべての仮説を吟味する。 ・・・ 最後に確率を1%単位で示すなど予測はできるだけ精緻に表現する」「超予測者はふつうの予測者と比べて、はるかに頻繁に予測を更新する」「優れた予測の更新には、最初に予測を立てるときと同じ能力が必要であり、ときには更新のほうが手間がかかることもある。」

という予測の更新の流儀である。ここで実践されている予測方法の底に流れているのは、確率微分方程式を証券市場のモデルとして適用した、ブラック=ショールズ方程式が基礎としているコンセプトそのものであるように思えたのだ。

 ここでは株価をSとおいたとき、その変動がdS = σS・dW + μS・dt (σ, μは係数)と表される。右辺第1項は幾何ブラウン運動に従い、右辺第2項はある規則にしたがって変動する項である。要するに株価という、何が変動要因になるかも分からない複雑な現象も、正規分布に収斂するパートと規則が見出せるパートの足し算として分離できるという考え方である。さらに、株価のような複雑なものを変数とするような(株価を変数とする関数になっているような)別の現象もまた同様に、伊藤のレンマによって正規分布と規則正しいパートの二つに分離できる。

 超予測者が行う非常に細かい予測の修正プロセスとは、なるべく多くの側面から現象を観察することで、ブラウン運動によるかく乱要因から規則性を分離する数学的な操作を、(おそらくは経験的に)実践的な作業に落とし込んだものではないかと私には感じられた。社会現象の予測のように複雑な現象に挑むのに、この概念を当てはめることは重要だ。なぜなら、複雑な現象を説明しようとするときに「知りえないことまで変数化して数理モデルに組み込んで、モデルを動かすときに簡略化すること」と「知りえること(規則性がある)の変数と知りえないこと(ブラウン運動)の変数をはじめから明確に区別した数理モデルを作ること」には決定的な差が生じるからである。本書を読了した者は当然、後者を選択するようになるだろう。