書評:『イスラーム国の衝撃』

『イスラーム国の衝撃』
池内恵(著) 2015年

 本稿を執筆している2018年6月現在、あれほどマスメディアやネットニュースに頻繁に登場していた「イスラーム国」という単語を聞くことはほとんど無くなった。イスラーム原理主義者によるテロが西側諸国や体制へのゲリラ的な攻撃だった従来のパターンと全く異なり、イラク北部とシリア北部を中心とした地域に2014年始めに侵攻して以降、一時的とはいえイスラーム国(ISまたはISIL)が面的な領土支配を確立したことに世界は驚愕した。

 確かにアメリカをはじめとする有志連合、ロシアやイランなど多くの国・民兵組織の攻撃により、2017年末までにはイスラーム国の支配地域はイラク、シリアから一掃されるに至った。しかしこれで一つの戦争と体制が終わったと言えるのだろうか。それともイスラーム過激派勢力による運動に不可逆的な変化が起こっており、イスラーム国の登場と撤退はその一つの断面を映した事象に過ぎないのだろうか。本書の分析によれば、後者であるということになる。

 イスラーム国が登場した背景と現状の分析に著者が導入するのは、イスラーム思想の変遷と、政治的状況の変遷という二つの見方である。武装集団による広域な領土支配が成立するにあたり、それを一定数の普通の人々が支持する、または少なくとも真っ向から否定しにくい思想をイスラーム国が掲げ、またプロパガンダに成功している事実が一方にある。しかし思想的潮流の盛り上がりだけではこれだけの領土を持つ集団は生まれてこない。現実世界の中でそれを可能にした政治的条件が揃ったからこそ、イスラーム国は姿を表したのである。

 イスラーム国の思想的な特徴は、その主張に何ら新味がないところである。著者の言葉を借りれば「すでに近代のイスラーム主義の過激思想は、要素が出尽くしている」。それぞれイスラーム教に正しく典拠していると主張する穏健派と過激派がいるのだが、もはや宗教的な正しさからいえばだいぶ前から議論は平行線をたどっており、着地点がないのだ。

スンナ派では、特定の解釈を上位の優越するものと認定して強制的に施行する主体がいないため、過激派が勝手に行動することを止められない。過激派の行動を実力で阻止してきたのは、各国の独裁政権であり、その統治の不正義や暴虐こそが、過激派を生み出す根本原因ともなっている。独裁政権の暴力に頼っている限りは、過激派の発生は止まず、かといって過激派の抑制には、独裁政権を必要とする。このジレンマにアラブ世界は疲れ切っている。

 宗教論議が袋小路に陥る中、暴力をも辞さない実力行使と平凡・見慣れた過激思想を携えて現れたのがイスラーム国である。よって彼らの声明は独自の思想を民衆に説明し訴えるものではなく、政治的なシンボルを多用するプロパガンダ広告として意識的に構築されている。すなわちイスラーム法の見地からイスラーム国の行動や主張を論駁しても無効なのである。

 宗教面では従来と変わらない過激思想に対して、行動面を支える戦略は、2001年の9.11事件以降に米国が起こした「対テロ戦争」を契機に新たな段階を迎えた。1996年以後のグローバル・ジハードは、ターリバーン政権に匿われアフガニスタンに拠点を置いたアル=カーイダによって主導されていたが、対テロ戦争により徹底的に物理的な拠点を破壊されたアル=カーイダはイデオロギー的な宣伝や精神的支援を行うシンボリックな存在に変容していった。しかしこれと同時に世界の紛争地や途上国の辺境地帯に、アル=カーイダに忠誠を誓いつつ独立して行動する、アル=カーイダ関連組織(フランチャイズ組織)が次々に現れた。

 また先進国ではローン・ウルフ(一匹狼)型テロを行うものが複数現れてきた。アブー・ムスアブ・アッ=スーリーらが提唱したグローバル・ジハードの形態である「個別ジハード」に呼応したテロ行為が現実に行われるようになったのである。この行動原理によれば、組織を最小化して組織間の命令系統や連絡をなくすことで、末端の摘発が組織の壊滅につながることがなくなる。小規模だが追跡困難なテロ行為を目立つ場所・機会を選んで起こすことにより、先進諸国の社会と民衆心理に打撃を与える目的がある。著者によれば、このタイプのテロに対して過剰に反応し、自国内で圧倒的多数である平和的なイスラム教徒に対して包括的に理不尽な捜査を行うのは逆効果である。軍事的脅威にはなりえないのだから、通常の防諜・法執行機関によるテロ対策、警察による取り締まりで十分被害の広がりを食い止められるという。

 このようなイスラーム過激派思想の変遷とテロの行動原理の変化が、既存の国家権力の支配力が緩んだ地域、すなわちイラク・シリア国境付近の権力空白状況と出会い、イスラーム国が生まれた。イラクでは、アメリカが対テロ戦争後に支援したマーリキー首相の失政もありスンナ派とシーア派、クルド人勢力間の争いは先鋭化し、政治的な混乱状況が続いて中央政府の支配に弛緩が生じた。シリアでは2010年チュニジアに端を発する「アラブの春」の民主化要求に対して、アサド政権が過酷な弾圧を加えたのを機に、大規模な内戦に突入してしまった。ここではアメリカ、ロシアの他に地域大国であるサウジアラビアやイランの思惑も入り乱れた代理戦争の様相を呈し、アサド政権はシリア全土の支配を放棄して「最強の民兵集団」に堕し、自己防衛を最優先させるようになっていたのである。

 イスラーム国が領土支配を広げながら盛んに活動していた時期に執筆された本書だが、その持続力、領土拡大の可能性について、様々な状況証拠から著者は一貫して否定的であった。果たせるかなほぼその分析の通りに事態は推移し、物理空間におけるイスラーム国の勢力圏は見る影もなく縮小した訳である。

 しかしイスラーム国を成立させていた条件のほとんどは現在も変わらず持続している。ローン・ウルフ型テロは散発的にだが今なお確実に続いている。アフリカではリビアやソマリア、サヘル地域の国々で、カダフィという独裁者の暴力・コントロールが消滅したことから生まれた支配の空白にアル=カーイダ系のフランチャイズ組織が浸透して活発化している。イスラーム国の登場で明らかになったイスラーム過激派の活動パターンは、収束するどころか強く持続し、独裁権力の割れ目を見つければ至る所で鎌首をもたげてくると見てよいだろう。