書評:『知ってるつもり 無知の科学』

 謙虚であれという戒めとしてしばしば引き合いに出されるソクラテスの「無知の知」だが、本書は知識を得てなお頭を垂れる美徳を説教するものでは全くない。

 どのように我々人間は自分が無知であることを知らないのか、そしてそれは何故なのか。これらを科学的に解明し、人の知性とは何かを再定義しようとするドライで野心的な仮説こそが、本書から発信される挑戦的なメッセージなのである。

 まず全ての議論の出発点として「人はあまりにも無知である」というテーゼが示される。単に「人は」という言い方は、本書が暴き出す根深い思い違いから来るのかもしれない。正確には「コミュニティから切り離された個人は」と言い換えるべきである。

 個人が持つことができる知識量は、単純な記憶量に換算すれば概算で1ギガバイトのオーダーにすぎず、世界の複雑さに比べて圧倒的に足りない。日常生活で出会う問題解決にも不足するレベルである。あなたは自分の知識だけで明日の天気予報をできるだろうか。シルクのネクタイについてしまったワインのシミをうまく取る方法を知っているだろうか。ひとり出張した外国の街で頭痛薬を買うことができるだろうか。

 しかしこの複雑な世界を前にいちいち立ち止まることなく、人はうまく泳ぎ回り行動することができる。それは必要な知識を物理的な環境や人的な環境にうまく依存して助けを得られるからである。これを本書では知識のコミュニティと呼び、思考とは集団的行為だと定義している。そこまではさほど文句はないだろう。

 ここで「説明深度の錯覚」という重要な研究成果が示される。人は因果システムを自分が思っているよりも理解していないのである。本書に挙げられている見事な例なのだが、毎日使う水洗トイレの仕組みについて聞かれたら、普通の人は、よく知っていると答える。しかしあらためてきちんと説明することを求められると、まるでできないことに自ら困惑することになる。実はこれには物理学的なサイフォンの原理と排水パイプをS字型に曲げた仕掛けの理解が必要で、水洗トイレがかなり複雑な機構から成ることを知っていなければ無理なのである。人は誰でも、自分の無知に気づかず、自分の知識が実際より多いと錯覚している。

 複雑すぎる世界の中で効率的に行動するために「人は世界情報を捨象する傾向がある」結果おこる現象が説明深度の錯覚である、というところまでは誰でも思いつくことだろう。しかし本書の主張はそこから大きく踏み出し、説明深度の錯覚は、人間が生物進化の歴史の中で、複雑な世界の中で効果的に行動するよう適応してきた結果、必然的に起こる現象であるという。

 多数の脳が思考を通じて協業することで、人間は他の種に対して圧倒的な優位を築いてきた。とりわけ「志向性」の共有、すなわち他者とともに何かをし、それに対する関心を共有する能力の有無は、人間と他の霊長類とを分ける大きな違いである。志向性を共有することで生存に有利になっていった人類は「自分が知っていること・しようとしていることを相手も知っている」という思考パターンを集団として獲得する。自分の知識と他人の知識を普段は意識して区別しないという思考パターン(説明深度の錯覚)はこうして固定されたというのが著者らの主張である。

 ここから著者らは社会における問題の克服に目を向けている。激しく進歩するテクノロジーや人工知能とともにいかに生きるか、科学に対する誤解や思い込みからいかに脱出するか、金融とお金に対して正しく向き合うにはどうすればよいのか。そして意図的な世論操作に惑わされずに正しい政治的な判断をするにはどう社会システムを設計すればよいのか。

 無知、説明深度の錯覚を軸にこれらの課題を縦横に論じながら、個人の枠を超えたチームワークを強みとする人間という種の長所を最大限に活かしつつ、同時に自らの無知と説明深度の錯覚を「慎重な思考」で確認してゆく地道な確認作業が必要であると本書は説いている。

 著者らの立場はレダ・コスミデス、ジョン・トゥービー、ジェローム・バーコウら進化心理学の系譜に直接連なると言えるだろう。進化心理学は現代の進化論としてラディカルだが非常に強力なパラダイムを形成しており、志向性の共有、さらには説明深度の錯覚を説明するのに適用すれば強い説得力を持つ。一方で思考の様式が遺伝するという事実に対して、血縁選択というアイデアで必要十分なのか、今ひとつ腹落ちしないことも確かだ。著者の一人(ファーンバック)はマーケティング論の研究者ということもあってか、本書では進化心理学の根本的な論拠を掘り下げるような難解なアプローチを避けて、無知、および無知への無自覚をうまく手なずけながら行動するための例証を多く示すことを選んでいる。

 批判的に論ずべきことは多いものの、2018年上半期では(少し早いが)、私にとって多面的にそして深く考えさせられることが多かった書籍ナンバーワンとしたい。読む人の興味によって万華鏡のように異なる発見がある本だろう。