書評:『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』
新井紀子(著)  2018年

 実に刺激的な煽りの効いたタイトルであるが、読み進めるうちにこれが売らんがためのアイキャッチではなく、まさに本書が問題提起しようとする主題そのものであることが分かってきて、背筋が寒くなる。AIが進歩して世界がどう進歩し、どれだけ便利になるかを予想しているのではない。AI技術が普及した厳しい世界を幸せに生き残るためには、どの種類の能力を鍛えなければならないのかを指摘する警世の書である。

 著者は、国立情報学研究所の所員が中心となりAI技術を使って東京大学の入学試験に合格することを目標としたプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」(通称「東ロボくん」)をプロジェクトリーダーとして率いた数学者である。2011年から2016年にわたったこのプロジェクトで東ロボくんは、当初の目標であった東大合格については現時点では技術的に達成不可能と判断し断念したが、私立大学ではMARCH、関関同立の合格圏まで偏差値を上げることには成功した。

 まずレイ・カーツワイルに代表されるシンギュラリティの議論を著者は完全否定している。たとえ高度に複雑な結合を持つ計算機械があっても(カーツワイルのシナリオによれば分子ナノテクノロジーによって作られたナノボットが人間の脳を精巧にコピーしたハードウェアを作り上げる)、「強いAI」は自動的に生まれないというのが主張の核である。これは著者の経験からくる確信なのだろうが、端的に言って現在のAIは何一つ「意味を理解する」というアプローチで内部処理をしていないし、フレーム問題も解決していないし、常識も知識化できていない、その上解決の取っ掛かりになる理論すらないからだというのがその理由である。ちなみに著者は「意味を理解するとは何か」について掘り下げてはいないが、この後の議論にほとんど影響しないのでいったん保留しておいてよい。

 作った本人(著者)が言うのだから間違いないが、東ロボくんは真の問題解決も出来なければ意味の理解もしていない。それにもかかわらずMARCHには合格できる、というのが現実であり議論のスタートラインである。AIはすでに全大学入試受験者数の上位30%には入ってくるというレベルで大学入試問題が解ける、と言ったほうが分かりやすいだろうか。

 大学入試問題には、人間らしい能力がないと解けないタイプの問題と、現時点のAIでも解けるタイプの問題(=東ロボくんが解ける問題)がある。人間は両者をそれぞれ正解したり不正解したりして大学に合格する。AIは前者はからきしだが後者だけを効率よく得点して合格する。良かった、人間だけが解決できる問題ははっきりと残っていた、AIは限られたタイプの問題しか解けないのだから人間が活躍できる仕事や知的領域はまだまだ安泰だ・・・。しかしそうではなかった。実際に著者らが中学生、高校生、大学生、社会人をテストしてみると、そのような楽観論を吹き飛ばす結果が出てしまったのである。

 AIに代替されない人間ならでは可能な仕事や知的活動とは何か。まずフレームにとらわれない柔軟な発想ができ、常識的な判断ができることがあげられるが、ここまではたいていの人間にはできると仮定できる。問題は読解力を基盤とするコミュニケーション能力や理解力である。著者らが開発したRST(リーディングスキルテスト)によれば、中学生や高校生の多くが、読解力に深刻な能力不足を抱えていることが明らかになったのである。過半数の受験生は、人間でなければ解けないタイプの問題が解けておらず、現在のAI技術でも解けるタイプの問題で得点を稼いで大学入試を突破していた!

 読解力といっても、小説を読んで主人公の心の内を読み解く、といった複合的な力を指しているのではない。もっと単純な要素に分解された能力、すなわち
・異なる二つの文章が同じ意味のことを言っているかどうか判定する能力(同義文判定)
・文の構造を理解したうえで常識、経験、知識を総動員して文章の意味を理解する能力(推論)
・文章と図形やグラフを見比べて内容が一致しているかを判定する能力(イメージ同定)
・定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力(具体例同定)
これらを問うテストに誤答する中高生が特に多いことが分かってしまったのである。なお付け加えると、テストが記述式かセンター試験のような選択式かということは上記の読解力の判定には無関係である。

 このレベルの読解力がないと難易度に関わらず、教科書を読んでも理解できないという事態に陥る。また大人になってからも、学びばかりか仕事上のマニュアル理解にすら支障をきたす。ところがこれらの読解力がないことを、反復ドリルや、特定の場面では有効だが汎用性のないパターン発見によりある程度カバーすることで、学校のテストや入試の点数をかさ上げできる。しかしやがて社会に出ると、AI技術により代替可能なため、このかさ上げ分の価値は給与として評価されないのである。

 この警告は、シンギュラリティ問題より現実的な危機感を伴う。なぜなら実現が予想されているにすぎない未来のAIが仕事を奪うという話ではなく、既に実現されているAI技術が人間の仕事に対する評価の一部を削り取るという議論だからである。そしてその対象になる人間の割合は人が思うより大きいというのが著者の悲観的な予測である。

 読解力の診断方法はある程度分かったとして、問題は足りない能力をどうやって鍛えるかである。これが次のチャレンジであるが、著者らの仮説が文科省の学習指導要領に反映されるまでには曲折が予想される。むしろ動きの早い予備校や会社の採用担当人事などが飛びついて検証作業を進めるという形で、読解力に対する世の中の理解が変わるほうが先になるのではないか。