書評:『地下水と地形の科学』

『地下水と地形の科学』
榧根勇(著) 2013年

 本書は1992年にNHKブックスとして出版された親本(『地下水の世界』)の文庫化である。文庫版前書きには初出から20年の経過も綴られているが、この間のサイエンティフィックな進歩の大きさよりも、水文学(すいもんがく)がいかに社会と人間の学であるべきかという思いの方が強くにじみ出ている。

 客体としての地下水に関する研究課題は20世紀の終わりごろにはほとんど解けたという。すなわち、十分な資金と時間をかけて地質的な調査を行えると仮定すれば、地下水が物理的にどこからどこまでどれくらいの速度で移動してゆくのか、どこに貯まるのかが推定できるということである。これからの地下水研究は、地下水をどのように水資源、熱資源として利用すれば人が幸せになれるか、また地域環境をよりよくできるのかという、文理融合的な問題になったというのが著者の主張である。

 著者にとって初めての一般向け書籍である本書は、水文学という研究分野や関連技術の発展をわかりやすく読者に説明する、という解説書の立場を取っていない。失敗プロジェクトを含めて、著者が関わってきた多彩なフィールドワークがどのような研究成果を生み、また自治体の施策に相互作用してきたのかを控えめに述べるというスタイルである。エッセイにも似た語り口を通じて、水文学の本質が「これこれの揚水量を伴う地下水資源利用をしたら地下水位が何メートル下降する」のを調べるところにあるのではなく、地域の人々が地下水の利用を通じて豊かに暮らすには具体的にどうすべきかを時には住民、産業界、為政者と共に考え、適切な診断結果を出すということであるのが、自然と伝わってくる。

 とはいえ、20世紀の水文学の基本と、観測技術の革新による数値シミュレーションの大幅な進歩についても紙幅を割いており、初学者にとってもハードルは高くない。中でも地下水研究の画期となったのは、水に含まれる放射性同位体、安定同位体の精密分析技術が1970年代後半に確立したことだった。天然の水は「いつ地下水になったか」「どこで地下水になったか」という情報を持っており、トリチウムをはじめとする放射性同位体比により前者を、酸素18をはじめとする安定同位体比により後者を読み取ることができる。これらに水温、水質といった「トレーサー」を組み合わせることで、特定の場所から採取された地下水の来歴が判明するのである。

 私たちの頭の中で勝手に想像している地下水の動きと、科学が明らかにしたそれは随分異なっている。例えば、地下水は暗渠に流れる水のような速度よりはるかに遅く、時速どころか年速何メートルというような速度で動いている。また洪水の際、川水は地表面を流れる水が集まったものではなく、地下水が大部分を占めている(森林斜面は、雨水を浸透させる能力が思うより大きいということ)のである。これらを単なる豆知識で終わらせないためには、日本だけでなく世界中の地層・地質構造を知り、地下水位と地下水面を区別し、何より地下水ポテンシャルの概念を理解することが必要になる。あくまで基本はサイエンスである。

 本書後半の主役となる、富山県の黒部川扇状地、東京都西部に広がる武蔵野台地における古水文学的分析は、文理融合分野としての水文学の、大きな可能性を見せてくれる。ここでは約20万年前から現在までが対象となり、1万年単位のスケールでおこる自然現象が、どのように現在の地層と地下水構造を形作ったのかを解き明かす研究である。

 武蔵野台地における地層はシルト層と砂礫層から成る東京層群の上に透水性が非常に高い扇状地礫層が乗り、さらにその上にローム層が覆う構造になっている。ローム層は更新世(洪積世)に火山灰が積もって形成されたが、1万年前から15万年前のこの時期は氷期と間氷期を繰り返して気温が6度の範囲で上下しており、世界の平均海水面は最高時で現在より7メートル高く、最低時で130メートルも低かった。この間、武蔵野台地は隆起しつつ火山灰の堆積を受け、古多摩川は河道を左右に振りながら砂礫を運んで古い基盤を削り取っていった。このように扇状地を形成する過程で、より古い扇状地砂礫層は幸運にもすべて削り取られず、狭山丘陵、牟礼残丘、平林寺残丘、浅間山として残った。この地域の標高50メートルと70メートルの登校線上の谷頭には湧水が出る。気温変化や地下・地表における火山活動のような地球の環境変化がダイナミックに水循環のメカニズムと総合作用した歴史が、現在の地下水の流れをもたらしている。古水文学はさながら、地下水やときにはもう存在しない地表水から証拠を集めて地球のストーリーを作り上げる探偵である。

 地下水に限らず地球科学では、特定の個人の発見ではなく、多くの人々の研究成果が集まって、ある学説の透明度が徐々に上がってくるという形の「発見」が多いという。地下水研究に直接・間接に携わる研究者コミュニティの姿が見えてくるような話であるし、薄くかすれた微かな痕跡から地球の謎に挑む人知のあり方を指し示しているように思われる。