書評:『エネルギー産業の2050年』

『エネルギー産業の2050年』
伊藤剛 (著)、岡本浩 (著)、戸田直樹 (著)、竹内純子 (編集) 2017年

 多くの産業においては、これから30年後の事業環境を予測するところまではよいとして、この予測に即した具体的な事業プラットフォームを作ろうとするのは意味がないことだろう。企業や組織にとって激しく変化する環境への適応力こそが重要なのであり、長期の予言能力はほとんど生き残りの役には立たない。何しろ今、フォーチュン500入りしている企業でもその半分は、たった10年以内にリスト落ちの憂き目に遭うのだ。

 しかしエネルギー産業は30年というスパンで予測し、計画し、実行することが必要で、かつ可能である数少ない事業領域のひとつだ。燃料資源の安定的な確保、自国の人口動態や産業構造を踏まえた計画的な社会インフラ投資、環境問題への対応など、いずれも長期的な視点が求められ、また国など公的性格をもつ組織が一定の役割を果たさざるを得ないのもこの産業の特徴である。

 本書はアクセンチュアおよび東京電力ホールディングス経営技術戦略研究所のメンバーが、30年後のエネルギー事業を予想し準備するための議論を書籍化したものである。とはいえ電力事業者としてのポジショントークや世論誘導を目的とした内容ではなく、エネルギーインフラを維持・発展させるためには社会システムをどう変えてゆくべきなのかを、政治的に実現可能な範囲で合理的に論じている。

 合理的に、というのは確実に高齢化が進行して人口も減少し、飛躍的な経済成長も望めない日本にとって最重要の前提である。偏向した特定の政治思想によるエネルギーポートフォリオの選択(これはある程度不可避な部分もある)、自己目的化した非効率的な旧来の業界構造維持を支える経済的な余力はこの国にもはやなく、戦略失敗のしわ寄せは近い将来、社会弱者により厳しくのしかかることになる。それは「石油火力か原子力か」「電力自由化か国有化か」といった単純な各論に落とし込んでしまうと必ず誤った結論に至るため、総合的な視点が不可欠である。

 細部を省略すれば、著者らのが描く2050年のエネルギーポートフォリオを想定する上で、発電部門および運輸部門で、燃焼により二酸化炭素を発生する石油/天然ガス/石炭の使用割合を大幅削減しゼロに近づけてゆくにはどうすればよいか、ということがコンセプトの核になっている。ここで二酸化炭素を発生させないエネルギー源に移行すべきだという最大の制約条件は、本書では所与のものとされており、読者に不親切なのは残念である。この点が納得できていないと後のすべての議論で遭難してしまうかもしれないからだ。二酸化炭素が地球に与える影響については、多様な分野の科学的な知見が近年総合されることにより、グローバルに現在の排出レベルが続けば、人間の生存にとって致命的な環境変化に導くことは疑いないという結論が出ているのである。その議論には海水の熱塩循環、風成循環シミュレーションをはじめとする海洋物理学、気象学の発展がベースとなっているが、古生物学も重要な一翼を担っている。何しろ地球は過去に何度も二酸化炭素の増減を経験しており、どれくらいの二酸化炭素濃度なら気温が何度上昇し、生物相に破壊的な効果を及ぼしたのかを定量的に推定できるのである。

 では新設は政治的に事実上不可能で徐々に引退させるしかない原子力発電を除けば、代替エネルギー源の主力は何になるべきだろうか。著者らによればそれは各家庭や事業所に分散して設置される太陽光発電ということになる。電力供給にはエネルギーの総量(kWh価値)だけではなく、kWhを需要に応じて入手できる設備を確保する能力(kW価値)が必要だが、太陽光発電は夜間や曇天など日照量で発電量が大きく変動するため、kW価値に貢献できない。基本的に発電した電気は大量に貯めておけない、という技術的な制約から、今まで太陽光や水力発電は電力供給の主力になりえなかったのである。

 しかし自家用車やトラックを電気自動車とし、自動運転と組み合わせることで必要な場所に必要な電力を供給する電力の貯水池として活用し、発電量が不安定な太陽光による電力供給を平滑化できる。必然的に各家庭や事業所は電力を一方的に購入する消費者ではなくなり、時に応じて電力会社に電力を販売するプロシューマーに変化する。そして電力の供給者としてもkWh価値、kW価値、ΔkW価値(需要の変動に対する迅速さ)のそれぞれで異なるプレーヤーたちが担当することになるだろうというのである。当然それぞれに取引市場が成立し、既存の10電力会社も役割を大きく変えてゆくこととなる。本書ではこのストーリーに基づく将来の見取り図を豊富なデータとともに提示し、多くの事業分野に従事する読者の議論を待っている。

 このように考えると、たとえばディーゼルかEVか、自動運転は認められるのかといった議論は自動車産業の中だけを見ていても成り立たないのがわかる。技術的な移行の時期や規模、法の整備も、国の大きなエネルギー政策のスケジュールにより必然的に決まってくる可能性が高い。他の産業でも、エネルギー政策の影響が皆無ということはありえないだろう。繰り返しになるが、二酸化炭素排出を抑えるエネルギー源への移行だけは人類にとって避けられないトレンドである。先送りの現状維持は不可能な選択肢である。

 本書に示された未来図は大胆だが実現可能な電力政策シナリオとして真剣に練られたもので、一読の価値はある。太陽光発電の技術発展ペースをこのように楽観的に見てよいのかなど、多くの論点が残るが、大いにおすすめできる。