書評:『民警』

『民警』
猪瀬直樹(著) 2016年

 テロによる殺傷事件が国際ニュースで流れることにすっかり慣れきってしまい、逆にリアルな自分ごととして考えられなくなっているのがわれわれ日本人ではなかろうか。しかし国内外から大量の選手・観衆が来日し、国際的な注目が集中する2020年の東京オリンピック・パラリンピックは自国内のテロ、暴力事件対策を否応無く突きつけてくる。そして民警はその主役のひとつとして大きくクローズアップされるはずである。

 民警、すなわち民間・民営の警備員は1964年東京オリンピックの年には100人足らずの数で代々木選手村を警護していた。2020年には1万4千人もの民間警備員が、警察、消防、救急らとともに大会の警護にあたる計画となっている。現在では民警は全国で50万人を超え、実力組織たる自衛隊の23万人、警察24万人を合わせたより多いのである。本書は民警50年の歴史を追ったノンフィクションだが、特に業界の2大巨頭であるセコムと綜合警備保障(綜警またはALSOK)に焦点をあてた取材となっている。

 セコムは創業者の29歳の飯田亮と30歳の戸田寿一が1962年に日本警備保障株式会社として起業した、日本初の民間警備会社である(当初株式の51%を握っていたのはスウェーデンで警備会社を経営していたソーレンセンなので外資ということになるが、1969年に日本側株式が過半数となり日本企業となる)。そのベンチャー精神あふれる創業期のエピソードは、新事業に挑んだ若者らしい工夫に満ちている。万一警備の不備で顧客に損失が生じれば補填に応じることを逆に営業トークに使って3ヶ月前金払での契約に成功していったのだが、ブランド力もないのに前払いをしてもらえれば事業は安定する。また人材派遣の口入屋とはまったく違う業界にするためにも、徹底した社員教育とモラル維持のためのしくみ作りに力を注いでいる。

 一方の雄、綜警はセコムとは対照的な経緯をたどって生まれた。創業者である村井順は武道家にして戦前は特高、公安畑を歩いた内務官僚である。戦後は吉田茂首相の首相秘書官を務め、さらに吉田に進言して新設した内閣官房調査室の初代室長となった。内調はGHQ参謀第二部長ウィロビー少将と吉田との阿吽の呼吸で構想された諜報機関、すなわち日本版CIAの前身とするべく置かれた組織である。しかし村井の上司となった副総理・官房長官、緒方竹虎と吉田の関係が悪化して後ろ盾を失い、ウィロビーも1952年に帰国。強まる世論の風当たり、外務省との抗衡、ソ連のスパイ工作などにより政治的に敗れた村井は内調を更迭され、日本版CIA構想は雲散霧消した。

 警察官僚を退官し、東京オリンピック組織委員会事務次長となっていた村井が警備業務について聞くため飯田と戸田に会ったのは大会直前、1964年に入ってからのことである。村井が民間警備会社の存在を知って大きな可能性を見出し、またこの日本警備保障が外資であることに危機感を持ったことで綜警は生まれた。起業にあたり、村井はその出身背景から警察庁への根回しを万全にし、財界からは安川財閥の安川第五郎を会長に迎え、さらに日本銀行協会長の協力を取り付け主だった大銀行から出資を受けた。すなわち官僚、財界の護送船団によるオールジャパン体制で綜警は船出し、急速に膨張する民間警備業界を、若く未熟な先行者であるセコムと争いながら拡大して行ったのである。時代は労働争議、学園紛争が最盛期を向かえつつあり、林立するビルの警備需要増、テレビドラマ「ザ・ガードマン」のヒットなど、強い追い風が警備業界に吹いていた。

 今や3兆円市場に育った民警の短い歴史を俯瞰でき、出版時期もタイムリーな本書であるが、食い足りないところもある。著者も軽く触れているのだが、民警と民間軍事会社の業務は本来、境目無くつながっているものである。日本国内では民間による武装警備は認められていないので両者は分離しているのだが、ソマリア沖を航行するタンカー、コンテナ船をはじめとして海外で活動する民間日本人を警護するニーズはある。このような民間軍事会社設立の動きは既存の民警から起こってくるのか、別な立場からの参入があるのか。著者の立ち位置はどちらかというと民警業界の内側からになっており、業界を取り巻く外部世界の分析は少ない。

 また民警の業務は交通誘導や老人の見守りなど平和的なものもあるが、暴力行為や犯罪現場に近いところで行われてもいる。必然的に業界成長の過程で警察や反社会勢力、極左・極右集団なとの接点・衝突が多くなるはずなのだが、本書の記述はそれにしてはきれい過ぎるように思える。いわばセコムとALSOKの表面史だけになっているのである。本書は著者が東京都知事を辞した後の作家復帰第一作ということだが、奥行きがあるテーマに対して踏み込みが甘く、大局観を欠く憾み無しとしない。